ツメアカ

■ 第八話

「あんまり落ち込んじゃだめよ。元の時代に戻る方法、きっとなにかあるわよ」
 落ち込むなといわれると逆に落ち込むものだ。何も知らないオバサンに慰められ、は最悪の気分だった。義父は死に、知人三人は自分を逃がすために犠牲になり、やってきたのは知らない平行世界の1942年の時点、おまけにもとの世界に戻る方法はない、これ以上悪い状況があるだろうか。
「服濡れちゃってるでしょう。私の作業着で悪いんだけど、着替えてね」
 オバサン、ではなく桃井一尉が部屋を出て行き、はその自分には大きすぎる作業服に袖を通した。
「あなた、いくつ?」
 部屋に戻ってきた桃井に尋ねられ、は気乗りしないながらも答えた。
「二十五歳。昨日が誕生日だったの」
「あら、おめでとう!」
「みんなにお祝いしてもらったのに……なんでこんなことに」
「辛いわね……泣いてもいいよ」
 桃井はの肩に手を置いた。だがは首を振って、
「だめよ。もう体も大人になったんだから」
「あら、大人だって泣くものよ」
「私の周りじゃ泣いてなかったわ」
「隠れて泣いてるのよ」
「本当?」
「ほんとほんと」
 は顔をあげて桃井を見た。桃井もの顔を見る。彼女のふくよかでやさしげな表情を見ているとなぜだか安心して、は自然と涙を流してしまうのである。
「今は思いっきり泣いて、明日に備えましょ」


 『明日に備えて』はこれでもかというくらい泣いた。それは桃井がちょっと尻込みするような、尋常ではない泣き方で、しばらくするととうとう「も、もういいかしら?」と言って止められてしまった。
 その後、今は一応でということで誰も使っていない部屋に案内され、は窓のない部屋に居心地の悪さを感じながらもベッドの上に落ち着いた。泣いたら少し楽になった。天井を眺めながら状況を整理してみる。
「マロンちゃん達は、誰かから私を逃がそうとしてたのよね」
 カプセルの中から見た悲惨な光景を思い出すが、ぐっとこらえて冷静に考えてみた。栗田は松下博士が実は平行世界の研究をしていて、その出資者がどうのこうのと言っていた。博士を撃ったのはその出資者か? この世界に住んでいるという調査員はどこにいるのだろう。早く見つけなくては。そもそも、こうしている間にも奴等が自分の居場所を突き止めて追って来ているかもしれない。
 そう考えた瞬間、は言いようのない不安に駆られた。
「私、ここにいない方がいいかも……」
 と言っても、調査に来たこともない時代で一人になるのは無謀にも思われる。はため息をついた。
「お先真っ暗か……ん、お先?」
 は自分の言った言葉からあることを思いついた。
「そうだ、ウィスダム」
 自分の補助脳につけてもらった、予測装置のことを思い出した。これで定期的に未来を読んでおけば、いつ敵が来ても事前に予想して逃げられるのではないだろうか。
「研究者にあるまじき安直な考えだけど……やってみよう」
 は目を閉じて補助脳に働きかけた。そして高鳴る胸を押えながら、何かが起こるのを待つ。だが、いっこうに変化は訪れずは首をかしげた。こっちの世界に来る際、なにか補助脳に異常が起こったのだろうか。もしくは……
「マロンちゃん、手抜き工事したわね!」
 諦めては目を開けた。イライラと頭をかいて、ふと起き上がって床を見、ぎょっとした。
床にはなんと自分がいたのである。床に突っ伏し、顎を打ったのか痛みをこらえているようだ。
「え、どういうこと?」
 はベッドから身を乗り出した。すると突然船体が揺れ、ちょうどは床に伏せている自分の幻影に飛び込んだ。床に顎を打ちつけ、目から火花が散る。わずかに舌を咬んで、は声にならない悲鳴をあげた。
「こ、こういうことか……」
 つまり、ウィスダムが予測した未来は『松下がベッドから落ちて顎を打つ』というものだったのだ。は涙目で顎を押さえた。
「マロンちゃん、特殊合金って言ったって痛いものは痛いよ」
 うずくまり痛みが引くのを待つの姿は、他人が見たらものすごく滑稽に見えただろう。

 

 

 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル