■ 第三話 「誕生日プレゼント」
松下博士は主にバイオニックを担当する研究チームの一員で、の義理の父親である。十歳のときに事故で家族を失い自らも全身に損傷を受けたを、脳と中枢神経を残しその他すべてを機械化したのも彼で、それ以来を父親として支援している。
その松下親子は今、『マロンちゃん』こと栗田技師の熱い演説を愕然としながら聞いていた。
「今回のオーバーホールはただの外観リフォームじゃないぞ! 骨格は軽量化した特殊合金でどんな衝撃にも耐える。銃弾だって跳ね返すぞ! あ、試すか?」
栗田が取り出したバールを見て、は悲鳴をあげた。
「やめろ。は戦闘タイプじゃないんだ」
放っておけば力いっぱいに殴りかかりそうな栗田からをかばって、松下博士は言った。栗田は心底残念そうな顔をしてバールをしまったが、またすぐウキウキしだして、
「じゃあさ、補助脳も強化したから戦闘プログラム入れてみようぜ。ちゃんのカンフー、見たいなあ!」
と言いながら今度は追加ソフトのチップを数枚取り出す。いよいよ松下博士は青ざめた。
「フォルムを改良して成人女性にしてやってくれとは言ったが、殺人マシンにしてくれといった覚えはないぞ!」
「殺人マシンなんてひどい!」
の抗議も栗田は聞いていなかった。先ほどまでの『マロンちゃん』の姿は今の彼のどこにもない。
「いいじゃん、護身術だけでも。ねっ?」
詰め寄られた松下博士は声を裏返らせた。
「お前、いったいどこまでいじったんだ! ドロイド兵じゃないんだぞ!」
「博士! マシンとか、そんなアンドロイドみたいな呼び方やめてよお!」
は涙交じりの声で叫んだが、二人には聞こえていないようであった。このままでは『マロンちゃん』に戦闘サイボーグにされてしまいそうだ。大型のライフルと迷彩服を身に着けた自分を想像しては身震いした。
「神経系が生身である以上、ちゃんはまだアンドロイドじゃないぞ。サイボーグ、改造人間の範囲だ」
と突然後ろから誰か別の声がして、三人は振り返った。
「サイボーグ化した人間に戦闘を強制するのは違反だって知ってるだろ」
「池田さあん!」
松下博士の後ろにいたはその眼鏡の救世主に飛びついた。栗田はまずいところを見られたと頭を掻く。
「お前が得意のメカニックで中枢神経をいじろうもんなら、協定違反で実刑だ」
は池田の後ろで栗田に舌を出した。それを見て参った参ったと栗田は両手をあげる。
「へいへい、池田監査官」
池田監査官は調査会社から派遣されてきた、研究所内の違法実験やその他薬物などの調査を行っている調査員で、栗田や松下博士の友人でもある。そんな池田はいつもの調子で栗田に尋問まがいのことをし始めた。
「他にどこを改造した」
「どこってえと……補助脳のバージョンアップだろ、胸部の緊急用酸素ボンベを二時間稼動から五時間にして。あと、髪の素材を変えて……全部合法だろ!?」
栗田はすべて答えていたら日が暮れると言って池田を睨んだ。池田は手帳をめくって何かのリストを見ると、もう一度顔をあげた。
「補助脳には何をインストールした?」
「言語ソフトと外気観測ソフト。前と一緒だよ。付け足したのはフォルム改造ソフトだけ」
「フォルム改造?」
「女の子は自分の外見を変えたくなるもんなの! 知らない? プチ整形」
池田は訝しげに後ろのを見た。はさっきから気になっている『離れた目』を気にしてうつむいた。
「なるほど。だが、今は顔よりその格好を変えたくなるんじゃないか」
皆の視線がの服に集まった。の体は、例の『近未来映画みたいな』趣味の悪い服に収められている。
「ああ、それそれ。新しい服買わなきゃな」
「うん、そうだね……」
歯切れの悪いの答えに、栗田は首をかしげた。
「どうしたの? 二週間前はすごく嫌がってたのに」
「実は……この服ちょっと気に入っちゃった」
恥ずかしげにが言うと、栗田は大っぴらに「うげえ」と言った。がそれを睨む。
「そうかあ。それなら誕生日プレゼントは洋服にすれば良かったな」
会話を聞いていた池田は間延びした声で言った。栗田が「サイズ知ってんのかよ」と茶々を入れる。
「池田さん、プレゼント用意してくれたの!?」
池田はにっこり微笑むとポケットに手を突っ込んだ。
「ああ。二十五歳の誕生日、おめでとう」
彼はそう言って池田はに小さな箱を渡した。
「ありがとうございます! 開けていい?」
「気に入るといいが」
箱を開けて出てきたのは、赤い石が埋め込まれた女性用のカフスだった。栗田がケッと小さく呟き、「高いんじゃないのか?」と松下博士がすまなそうな顔をした。
「かわいい! ありがとう池田さん」
「ちょっとした掘り出し物だったんだ。貸してみて」
池田はからカフスを受け取ると、埋め込まれた赤い石の部分を爪で強く押した。するとカフスの先から剃刀のような小さな刃が飛び出す。
「うわ、すごい」
「ペーパーカッターくらいにはなるだろう」
池田はもう一度カフスをに渡した。はさっそく耳に付けてみる。
「きれいだし、便利。本当にありがとう」
その様子を面白くないという顔で見ていた栗田が口を出した。
「ちゃんにそういうサバイバル系のものは禁止なの! そうだろ?」
同意を求められた松下は口ごもって、
「まあ、いいんじゃないか。ペーパーカッターぐらい」
と言った。栗田はまたケッとやって、それ以降喋らなかった。
「後は博士だけだね」
カフスを一通り愛でたが言って、松下博士はえっと驚いた。
「何言ってんだよ。俺がオーバーホール、池田がカフス、最後はおまえだろ」
「え、あ、そうだな……」
どうも歯切れの悪い松下に栗田は怪訝な顔になる。
「おい、お前まさか」
池田は額を押えた。博士は力なく笑う。
「そんなことだろうと思った」
「あはは……」
「え、忘れてたのお!?」
は絶望的な声を出した。大学から帰ってきて初めての誕生日だというのに。
「すまん……」
「とにかく、あとで花でも用意しろ」
すっかり萎縮してしまった松下博士に、池田は監査員の顔に戻って言った。
その松下親子は今、『マロンちゃん』こと栗田技師の熱い演説を愕然としながら聞いていた。
「今回のオーバーホールはただの外観リフォームじゃないぞ! 骨格は軽量化した特殊合金でどんな衝撃にも耐える。銃弾だって跳ね返すぞ! あ、試すか?」
栗田が取り出したバールを見て、は悲鳴をあげた。
「やめろ。は戦闘タイプじゃないんだ」
放っておけば力いっぱいに殴りかかりそうな栗田からをかばって、松下博士は言った。栗田は心底残念そうな顔をしてバールをしまったが、またすぐウキウキしだして、
「じゃあさ、補助脳も強化したから戦闘プログラム入れてみようぜ。ちゃんのカンフー、見たいなあ!」
と言いながら今度は追加ソフトのチップを数枚取り出す。いよいよ松下博士は青ざめた。
「フォルムを改良して成人女性にしてやってくれとは言ったが、殺人マシンにしてくれといった覚えはないぞ!」
「殺人マシンなんてひどい!」
の抗議も栗田は聞いていなかった。先ほどまでの『マロンちゃん』の姿は今の彼のどこにもない。
「いいじゃん、護身術だけでも。ねっ?」
詰め寄られた松下博士は声を裏返らせた。
「お前、いったいどこまでいじったんだ! ドロイド兵じゃないんだぞ!」
「博士! マシンとか、そんなアンドロイドみたいな呼び方やめてよお!」
は涙交じりの声で叫んだが、二人には聞こえていないようであった。このままでは『マロンちゃん』に戦闘サイボーグにされてしまいそうだ。大型のライフルと迷彩服を身に着けた自分を想像しては身震いした。
「神経系が生身である以上、ちゃんはまだアンドロイドじゃないぞ。サイボーグ、改造人間の範囲だ」
と突然後ろから誰か別の声がして、三人は振り返った。
「サイボーグ化した人間に戦闘を強制するのは違反だって知ってるだろ」
「池田さあん!」
松下博士の後ろにいたはその眼鏡の救世主に飛びついた。栗田はまずいところを見られたと頭を掻く。
「お前が得意のメカニックで中枢神経をいじろうもんなら、協定違反で実刑だ」
は池田の後ろで栗田に舌を出した。それを見て参った参ったと栗田は両手をあげる。
「へいへい、池田監査官」
池田監査官は調査会社から派遣されてきた、研究所内の違法実験やその他薬物などの調査を行っている調査員で、栗田や松下博士の友人でもある。そんな池田はいつもの調子で栗田に尋問まがいのことをし始めた。
「他にどこを改造した」
「どこってえと……補助脳のバージョンアップだろ、胸部の緊急用酸素ボンベを二時間稼動から五時間にして。あと、髪の素材を変えて……全部合法だろ!?」
栗田はすべて答えていたら日が暮れると言って池田を睨んだ。池田は手帳をめくって何かのリストを見ると、もう一度顔をあげた。
「補助脳には何をインストールした?」
「言語ソフトと外気観測ソフト。前と一緒だよ。付け足したのはフォルム改造ソフトだけ」
「フォルム改造?」
「女の子は自分の外見を変えたくなるもんなの! 知らない? プチ整形」
池田は訝しげに後ろのを見た。はさっきから気になっている『離れた目』を気にしてうつむいた。
「なるほど。だが、今は顔よりその格好を変えたくなるんじゃないか」
皆の視線がの服に集まった。の体は、例の『近未来映画みたいな』趣味の悪い服に収められている。
「ああ、それそれ。新しい服買わなきゃな」
「うん、そうだね……」
歯切れの悪いの答えに、栗田は首をかしげた。
「どうしたの? 二週間前はすごく嫌がってたのに」
「実は……この服ちょっと気に入っちゃった」
恥ずかしげにが言うと、栗田は大っぴらに「うげえ」と言った。がそれを睨む。
「そうかあ。それなら誕生日プレゼントは洋服にすれば良かったな」
会話を聞いていた池田は間延びした声で言った。栗田が「サイズ知ってんのかよ」と茶々を入れる。
「池田さん、プレゼント用意してくれたの!?」
池田はにっこり微笑むとポケットに手を突っ込んだ。
「ああ。二十五歳の誕生日、おめでとう」
彼はそう言って池田はに小さな箱を渡した。
「ありがとうございます! 開けていい?」
「気に入るといいが」
箱を開けて出てきたのは、赤い石が埋め込まれた女性用のカフスだった。栗田がケッと小さく呟き、「高いんじゃないのか?」と松下博士がすまなそうな顔をした。
「かわいい! ありがとう池田さん」
「ちょっとした掘り出し物だったんだ。貸してみて」
池田はからカフスを受け取ると、埋め込まれた赤い石の部分を爪で強く押した。するとカフスの先から剃刀のような小さな刃が飛び出す。
「うわ、すごい」
「ペーパーカッターくらいにはなるだろう」
池田はもう一度カフスをに渡した。はさっそく耳に付けてみる。
「きれいだし、便利。本当にありがとう」
その様子を面白くないという顔で見ていた栗田が口を出した。
「ちゃんにそういうサバイバル系のものは禁止なの! そうだろ?」
同意を求められた松下は口ごもって、
「まあ、いいんじゃないか。ペーパーカッターぐらい」
と言った。栗田はまたケッとやって、それ以降喋らなかった。
「後は博士だけだね」
カフスを一通り愛でたが言って、松下博士はえっと驚いた。
「何言ってんだよ。俺がオーバーホール、池田がカフス、最後はおまえだろ」
「え、あ、そうだな……」
どうも歯切れの悪い松下に栗田は怪訝な顔になる。
「おい、お前まさか」
池田は額を押えた。博士は力なく笑う。
「そんなことだろうと思った」
「あはは……」
「え、忘れてたのお!?」
は絶望的な声を出した。大学から帰ってきて初めての誕生日だというのに。
「すまん……」
「とにかく、あとで花でも用意しろ」
すっかり萎縮してしまった松下博士に、池田は監査員の顔に戻って言った。