■ 第十七話 「修羅場2」
定期報告をしたあと、酒場をいくつか回ってパレード警備の状況をいくらか掴んだ如月中尉は、ホテルの部屋に帰ってきた。あの松下という変わった男はもう眠ってしまっているだろう。そう思ってそっとドアを開けたのだが、部屋の中に彼の姿はない。変わりに窓際に見知らぬ女が座ってうたた寝をしている。
如月は最初松下を狙った刺客かと思ったが、そんなはずがない。ゆっくりと近づいて、人の部屋で悠々と眠っている変な女を少し観察してみた。二十代の若い女で、長い黒髪を垂らして寝づらそうに椅子の上でバランスをとっている。如月が不思議に思ったのは、彼女が男性の服を着ていることだ。しかもあの松下の服。
それで如月は合点がいった。
「おい、起きろ」
如月は女の頬を叩いた。
「おい起きろ」
その声には目を覚ました。暗がりの中に如月の顔がある。
「あ、き……」
「松下はどうした」
「え?」
そう言われて、は自分が眠ってしまっていたことを思い出した。体を見下ろしてぎょっとする。
オウ、マイガッ! どうにもならないので、とりあえずは悲鳴をあげることにした。
「ぎゃあ!」
「うるさい」
は立ち上がって説明しようとしたが、如月の表情を見てやめる。軽蔑を込めた目でこちらを見ているので、は彼が自分をどういう職業の者だと思っているか大体察することが出来た。
「悪いがもう着替えて、帰ってくれ」
「え、あの……」
が渋っていると如月は顔をしかめて言った。
「金を受け取っていないのか」
「え?」
如月は短くため息をついて懐から札を何枚か取り出し、に突きつけた。は慌ててその手を押し返す。
「そんな、こんなの貰えません!」
「なんだ、仕事をしていないやつから貰うと咎められるのか?」
如月はそう言いながら金をの顔の前にもっていった。皮肉った言い方には反論しようと一歩前に出る。すると服がぶかぶかになっていたためベルトがずり落ちた。
「わわ、」
へそが見えそうになっては慌ててズボンをたぐり寄せた。そうやってかがんだ状態で如月を見上げると、彼の目線がの首もとに注がれている。えっと思って見下ろすと男性の姿のときはぴったりだったシャツの襟首がいまや大きく開いていて、中が丸見えだ。はまた悲鳴をあげて胸を押さえ、立ち上がった。
「わ、私は……」
「どうする。私は早く休みたいんだ。仕事をするのか、帰るのか、早く決めてくれ」
ハンチング帽を脱ぎながら如月がゆっくりと言った。は迷った。ここで追い出されては困るし、仕事をすると言っても……仕事? はこの場面での『仕事』がなんだったか思い出して、青くなって赤くもなった。そうしてが驚きと恥ずかしさでまごまごしていると、
「仕事だな」
とため息混じりに短く確認して如月は踏み出した。が否定しようと口を開きかけたときには、もう鼻が如月の支那服にあたっていた。その息もつかせないような抱きすくめ方は、十五歳の姿のときに受けた抱擁とはまったく別物で、なんというか、両腕をまわすというより腰から絡め取る感じだ。
窮地に陥ったは、やっとのことで苦肉の策を思いついた。
「あ、あなたが角松さん?」
「は?」
体を離し、如月が眉を寄せた。
「実は、角松さんに呼ばれて待っているんですけど」
「ああ、そうなのか。ついて来い」
如月はあっさりを手放し、部屋のドアを開けた。
「おい、角松さん」
如月が強くドアをノックすると、眠そうな顔の角松が顔を出した。
「なんだ」
と言ってからの姿に目をとめ、真っ青になる。さっきまでのことなど忘れてしまったように、矢継ぎ早に如月が言った。
「あんたに客だ。金は……」
如月はさっきの札を取り出し、に握らせた。
「渡してある。それじゃあ」
如月は最初松下を狙った刺客かと思ったが、そんなはずがない。ゆっくりと近づいて、人の部屋で悠々と眠っている変な女を少し観察してみた。二十代の若い女で、長い黒髪を垂らして寝づらそうに椅子の上でバランスをとっている。如月が不思議に思ったのは、彼女が男性の服を着ていることだ。しかもあの松下の服。
それで如月は合点がいった。
「おい、起きろ」
如月は女の頬を叩いた。
「おい起きろ」
その声には目を覚ました。暗がりの中に如月の顔がある。
「あ、き……」
「松下はどうした」
「え?」
そう言われて、は自分が眠ってしまっていたことを思い出した。体を見下ろしてぎょっとする。
オウ、マイガッ! どうにもならないので、とりあえずは悲鳴をあげることにした。
「ぎゃあ!」
「うるさい」
は立ち上がって説明しようとしたが、如月の表情を見てやめる。軽蔑を込めた目でこちらを見ているので、は彼が自分をどういう職業の者だと思っているか大体察することが出来た。
「悪いがもう着替えて、帰ってくれ」
「え、あの……」
が渋っていると如月は顔をしかめて言った。
「金を受け取っていないのか」
「え?」
如月は短くため息をついて懐から札を何枚か取り出し、に突きつけた。は慌ててその手を押し返す。
「そんな、こんなの貰えません!」
「なんだ、仕事をしていないやつから貰うと咎められるのか?」
如月はそう言いながら金をの顔の前にもっていった。皮肉った言い方には反論しようと一歩前に出る。すると服がぶかぶかになっていたためベルトがずり落ちた。
「わわ、」
へそが見えそうになっては慌ててズボンをたぐり寄せた。そうやってかがんだ状態で如月を見上げると、彼の目線がの首もとに注がれている。えっと思って見下ろすと男性の姿のときはぴったりだったシャツの襟首がいまや大きく開いていて、中が丸見えだ。はまた悲鳴をあげて胸を押さえ、立ち上がった。
「わ、私は……」
「どうする。私は早く休みたいんだ。仕事をするのか、帰るのか、早く決めてくれ」
ハンチング帽を脱ぎながら如月がゆっくりと言った。は迷った。ここで追い出されては困るし、仕事をすると言っても……仕事? はこの場面での『仕事』がなんだったか思い出して、青くなって赤くもなった。そうしてが驚きと恥ずかしさでまごまごしていると、
「仕事だな」
とため息混じりに短く確認して如月は踏み出した。が否定しようと口を開きかけたときには、もう鼻が如月の支那服にあたっていた。その息もつかせないような抱きすくめ方は、十五歳の姿のときに受けた抱擁とはまったく別物で、なんというか、両腕をまわすというより腰から絡め取る感じだ。
窮地に陥ったは、やっとのことで苦肉の策を思いついた。
「あ、あなたが角松さん?」
「は?」
体を離し、如月が眉を寄せた。
「実は、角松さんに呼ばれて待っているんですけど」
「ああ、そうなのか。ついて来い」
如月はあっさりを手放し、部屋のドアを開けた。
「おい、角松さん」
如月が強くドアをノックすると、眠そうな顔の角松が顔を出した。
「なんだ」
と言ってからの姿に目をとめ、真っ青になる。さっきまでのことなど忘れてしまったように、矢継ぎ早に如月が言った。
「あんたに客だ。金は……」
如月はさっきの札を取り出し、に握らせた。
「渡してある。それじゃあ」